青年海外協力隊(ベナン)雑記

JICA青年海外協力隊/西アフリカ/ベナン共和国 /小学校教育

青年海外協力隊に現職参加制度を使って参加した理由

「なぜ青年海外協力隊へ行こうと思ったのか」

「現職なのに、なぜ」「きっかけは何か」

よく聞かれる質問なので、今日はそれについて書いてみようと思います。

 

【JICAプロフィール】

 派遣隊次:2016年度2次隊 (2016年9月~2018年9月)

 派遣国 :ベナン共和国(西アフリカ)

 職種  :小学校教育

 受験期 :平成27年(2015年)春募集

(1次選考:5月、2次選考7月、最終合格発表:8月)

 身分:現職参加(国家公務員自己啓発等休業/無給休業)

 日本での職業:国家公務員

https://www.instagram.com/p/BP59Mwjg5Gk/

 

                   

【国際協力に興味を持ったきっかけ】

私が国際協力ということに最初に興味を抱いたのは7才のころです。

テレビか何かで、アフリカ・エチオピアの飢えた子どもたちの映像を目にし、大きなショックを受けました。

国際協力関係の本や作品に興味を持って触れるようになりました。

 

https://www.instagram.com/p/BVxlXWZA-RZ/

(PHOTO BY MAHO)

 

 

【ボランティア経験の有無】

しかし一方で私は、募金やボランティア活動ということには懐疑的でした。海の向こうの誰かのために何かをするよりも、目の前の、自分にとって本当に大切な人を大切にすることの方が大事だと考えていました。

そのため、これと言って特にボランティア活動に積極的に取り組んだことはありませんでした。

 

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【協力隊のことを知った時】

高校生くらいの頃に知りました。

テレビドラマか何かで、失恋した主人公が、街で偶然協力隊募集のポスターを見かけて応募を決意、日本での辛い現実から逃げるようにして、あっという間にアフリカへ旅立っていく・・・というようなストーリーだったと思います。

これを見た時、私も機会があったら行くかもな、と思いました。

f:id:mahomaho818:20170704045824p:plain Photo by Maho

ボランティアということには懐疑的な私でしたが、協力隊に関しては、いいな、と思ったのです。実際に現地に入っていくということに魅力を感じたのかもしれません。

しかし職業として国際協力の道を選ぶことを考えたことはなく、当時はどちらかというと、経済や数字の動きの方により興味を持っていたため、大学の学部は経済学部、卒業後は大学の専攻を活かせる国家公務員の道に進みました。

 

 

【「途上国」との出会い】

「途上国」という呼び方は好きではないのですが、ここでは便宜上そう呼びます。

社会人になってから、趣味のダイビングを通じて「途上国」と呼ばれる国々に行くようになり、私は多くのこどもたちと出会いました。みんなすごくいい笑顔をして輝いていたけれど、一方で、この子たちが、これから身売りされるであろうことや児童労働者であること、学校に通わせてもらえていないことなどは、知識として知っていました。

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その子たちの笑顔を夢中で写真に収めながら、私は思いました。

この子たちは、この先どんな人生を歩んでいくのだろう。

女の子の自由はあるのだろうか。

男の子たちは悪いグループに入ったりしないだろうか。

それまで「海の向こうの誰か」だった子どもたちが、次第に、目の前の大切な一人一人になっていきました。

 

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【何をしたいと思ったか】

私は、この子たちの運命を変えることはできない、社会の仕組みを変えたり、子どもを救う、ということはできない。けれど、そういうことももちろん必要だけれど、私は、子どもたちがどんな境遇にあっても、明るく前を向いて歩いて行けるような体験をたくさん作りたい、と思いました。

今日ここで一緒に笑い合ったことが、幸せな記憶として体のどこかに残ってくれればいい、そのことはいつかどこかで必ず人生を乗り越える強さになる。

彼らの人生の中に、そんな瞬間をたくさん作るようなことをしたいと思いました。

 

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【現職参加制度について知る】

社会人になって2年ほどたったある日、職場研修か何かの資料を見ていた時に、偶然「自己啓発等休業」という文字が私の目に飛び込んできました。

簡単に言うと、大学へ通うためもしくはJICAボランティアに参加するためであれば、最大で3年間、無給ではあるけれども、職場に身分をおいたまま、休業できるという制度でした。

仕事を辞めなくても行けるということがわかり、青年海外協力隊は、私にとって、ますます身近なものになりました。 

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その時にすぐに行こうと思わなかったのは、ちょうどその頃、私は社会人2年目で、仕事の悩みがたくさんあった時期だったからです。逃げ出したいと思う日も山ほどありました。

だからこそ、今ここで職場を離れることはしたくないと思いました。「逃げ」の選択はしたくなかった。

行くとしたら、自分が今いるこの場所で、もっとまともに仕事ができるようになってからだと感じていました。

ちなみに、私の職場にあった「自己啓発等休業」は、大学へ行くために利用されるケースは過去にもあったようですが、青年海外協力隊に参加するために利用したのは、私が初めてでした。

過去に事例がないことだったので、職場の担当部署の方にとっても初めてのことばかりで、各種手続きなど、大変苦労をおかけしました。それでも最後まで親身になっていただき、温かく送り出していただけたことに、心から感謝しています。

【募集説明会に行く&職種選択】

「行くのは今ではない」と思いながらも、私は、協力隊の募集説明会に出かけ、話を聞き、資料を集めました。

活動するなら子どもと関われるもの、という条件で職種を探したら、小学校教育と幼児教育、障害児支援などがありました。 

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当時、それらの職種はすべて、免許や実務経験が必要なものばかりでした。青少年活動、という職種なら、免許や経験がなくても応募できるようでしたが、要請内容が国によってちがっていたので、私にはあまりピンときませんでした。

この中で選ぶなら小学校教育だなと、旅先で出会った子どもの顔を思い浮かべながら思いました。

教員免許なんて持っていないけれど、行くのは今ではないし、そのうち何か道が開けるだろう、と楽観的に考えていました。

【派遣国について】

正直、どこでもよかったです。

どこに行っても、行ったからには私の役割がそこにあると思っていました。

それでも選ぶとしたら、アフリカの国にしようとは思っていました。7才の時に見た映像の記憶のせいでしょうか、実際に訪れたことのある「途上国」はアジアの国々でしたが、協力隊として行く場所のイメージはアフリカでした。

でも、ほんとにどこでもよかったです。

ちなみに、「ベナン」に決まったのは、偶然です。自分の希望ではありません。

そもそも、派遣国は、第3希望まで出すことはできるけれども、その希望が通るとは限らず、どの国に決まるかは合格するまで分かりません。

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【協力隊に行くことを決めた時】

2014年12月、「そろそろ協力隊に行こう」と思いました。

ふと「今なら行ける」と思ったのです。

以前に応募を考えた時とは違って、仕事も私生活も順調で、思いとどまる理由はどこにもありませんでした。

要請内容を見たら、昔は免許や実務経験が必須であった小学校教育の職種に、免許がなくても応募できる要請が、いくつかできていました。これなら、希望する職種に、私も応募できます。

チャンスが来た、と思いました。今回こそは、迷わずに応募を決めました。

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【周囲に伝えたタイミング・周りの反応】

周囲には、協力隊を受験するということは極秘にしていました。

理由はただ一つ、挑戦する前に反対されたくなかったからです。反対されたら、説得しようとして、行ってはいけない理由をきっとたくさん聞かされるだろう。そしたら受かるものも受からなくなってしまう。自分の意識を、ポジティブなものだけに集中させておきたかった。

絶対に応援してくれるとわかっていた、ごく仲のいい友人や日本語学校の仲間(その時、趣味で、日本語教師養成学校に通っていた)には、かなり早い段階から話していましたが、家族や職場関係には秘密にしていました。

現職参加を考えていたため、ごく限られた関係部署の上司や幹部職員には意向を伝え、了承をとっていましたが、他の同僚や家族に伝えたのは、2次選考を通過し、最終合格通知を受け取った後でした。

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自分にとっては、仕事も私生活も順調な時だったからこそ、躊躇なく決められたことだったのですが、周りからは逆に「なぜ今この時に」「もったいない」「今が大事な時なのに」というようなことを言われました。

「行ってどうするのか」「行っている間は、収入ゼロになるんだよ」「何のために行くのか」「行っても、今の職場では何のキャリアにもならないのに、なぜ」。

ただ、そういった疑問を持たれはしたけれど、そのことで嫌な思いをさせられたり、職場に居づらくなったということはありません。みんなに温かく送り出していただけたので、周囲の人には本当に恵まれていたと思います。

 

【なぜ今なのか、何のキャリアにもならないのになぜ選んだか】

おもしろそうだと思ったからです。

「何のキャリアにもならないのに」について、これは私の価値観ですが、損得を計算してやりたいことを我慢するくらいなら、損するかも知れなくても、やりたいことを選ぶ方がいいと思います。

というか、「損」の感覚なんて、人それぞれなのです。

誰かの言う「損をしない」を選択することは、私にとっては「人生の損」でした。本当に、人それぞれなのです。

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私が損だと思っていることが他の人にとっては得に見えることかもしれないし、同じように、他の人から見たら損に見えるようなことも、私にとってはぜんぜん損じゃない、ということは、当たり前の話です。

そして、その人にとって何が損になるか得になるかなんて、占い師にだってわからないのです。

たとえやってみた結果が損だったとしても、その時はその時。将来の自分に任せておけばいい。

逆に私は、「将来のキャリアのために」「役に立つから」という理由で、自分の気持ちを無視した選択をすることの方がこわいです。それこそ、そのことが本当に役立つかどうかなんて、誰にもわからないことです。役に立たなかったときに、無視した自分の気持ちはどこに行くのでしょう。そのことの方が、よっぽど損だし、こわいことだと私は思います。

役立つか役立たないか、損か得かは重要じゃないし、他人の意見はもっと重要じゃない。

自分の気持ちがどうか、を基準に選んできた結果、こうなりました。

 

【周囲の疑問に、どう答えたか】

職場や家族に同じ疑問を投げかけられた時にも、言い方は多少考えたものの、正直にここに書いてある通りの気もちを答えました。

「昔から興味があったことで、今、行きたいと思ったからなのだ」と。

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そんな理由で納得してもらえるの?と思われるかもしれませんが、いろいろつじつまを合わせて、無い理由を無理やりひねり出さなくても、自分の気持ちをストレートにそのまま伝えたら、案外受け入れてもらえるものです。

というか、「なぜ?」「どうして?」「女性なのになぜ」。

聞かれるたびに、私は「逆に、あなたはどうしてやらないの?」と聞いてみたくなる。その答えは「別に、やろうと思わないから」としか言えないのではないでしょうか。それと同じことです。

やりたいと思うことに、理由なんて、ない。「やりたいからやる」。それだけ。

 

【途上国での生活が怖くなかったか】

この時点では全く気にしていませんでした。

特に家族には本当に心配されましたが、未開の地に行くわけじゃなし、実際にそこで生きて生活している人がいるのだから、自分も大丈夫だろうと思いました。JICAのサポートもしっかりしているようだったし、本当に危険な国には派遣しないって聞いてたし…。

ただ、派遣まで1か月を切った直前の時期には、行くのを本気でやめようかと思うほど不安になりました。だって、派遣前訓練の講義で、あらゆる事故や病気の事例など、不安を煽るような話を、毎日毎日聞かされ続けたので・・・でもこれは、全部決まった後のお話。

 

https://www.instagram.com/p/BS1X1hdgw5j/

(PHOTO BY MAHO)

【協力隊以外の選択肢は考えなかったか】

これは少し考えました。

ほとんど感覚的に「行く」と決めた私ですが、決めてしまってから、「ところで本当に協力隊じゃないとだめなのか」「なぜ協力隊なのか」は、考えました。

学生の時には知らなかったけれど、実は協力隊以外にも、現地に入って活動できる場はいろいろあります。各種NGO、NPOの企画、旅行会社のスタディツアーなど、現地に数日または数週間滞在してボランティア活動をする、というようなプログラムも、たくさん用意されています。職業の選択ということであれば、国連組織などもありますから、もう少し幅は広がります。

https://www.instagram.com/p/BPnoCfrAfDS/

(PHOTO BY MAHO)

私の場合は職業の選択ではなく、今の職場にいながらできること、と考えていたので、現地に滞在して活動するなら、休暇を利用して行く余暇型のボランティアツアーがもう一つの選択肢でした。

いろいろ頭で考え始めたらそちらでもよかったのかもしれませんが、滞在期間、現地でのサポート体制の面でも、協力隊の方がいいなと思いました・・・というのは実は後づけの理由で、結局は、最初に行きたいと思ったのが協力隊の方だったから、そちらを選んでいた、という感じです。

 

【2年間海外に行ったら、何かを成し遂げられるのか】

 

https://www.instagram.com/p/BR8fog_AyfD/

成し遂げられることはないかもしれません。目に見える成果もあげられないかもしれません。これは、協力隊OBからも、よく聞いていた話です。

でも、じゃあ逆に聞きますが、その2年間日本にいたら、何かを成し遂げることはできるのでしょうか。

これまでの過去の人生のどこか2年間を切り取ってみて、「この2年間でこんな成果を上げた」と自信を持って言える2年間はあったでしょうか。

そう、どこにいたって同じ、場所が変わるだけの話です。

役に立つから、キャリアになるから、成果を出せるから、結果がわかっているから行くわけではないのです。

私は、それでいいと思ったから来ることができました。その場所で、したいと思うことがあった。

2年間を無駄にするかもしれないけれど、日本にいたって無駄にするかもしれない。

やっぱり、そんなことは、誰にもわからないのです。

 

【まとめ】

青年海外協力隊のことは、高校生のころからなんとなく知っていて、いつのまにか目指していて、受けてみたら合格したので、来ることに決めました。

職場の制度も整っていたし、自分のやりたいことと応募条件、気もち、時期、すべてがたまたまマッチする瞬間があった。

理由なんて考えていたら動けない。つじつまを合わせようと思ったら、もっと動けない。

どんなことも、その人にとって大きな選択であればあるほど、「理由は特にないんだけど」「感覚的に」というようなこと、多いのではないでしょうか。

青年海外協力隊、賛否両論いろいろあると思いますが、明確な動機が見つからなくても、自分が未熟で不完全だと感じていても、もしも心に少しでも引っかかるものがあったのなら、とりあえず飛び込んでみるのもいいかもしれません。人それぞれですが、私は、来てよかったです。

そしてこのことは、協力隊に限らず、人が選ぶすべての選択に、あてはまることなのではないでしょうか。

 

 Maho

 

 

Instagram https://www.instagram.com/mahomaho818/